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ラジオドラマ05 彼の大事な彼女の日記

2013-04-09

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業者モノローグ(以下M)「年齢不詳、しかも性別も不詳のその依頼人は、ある日突然、事務所にやってきた。遺品整理の見積をしてほしいと」

業者 「はい、かしこまりました。それで、亡くなられた方はどなたでしょうか」

依頼人「(おかま声)いやだ、まだ死んじゃいませんよぉ」

業者 「え?」

依頼人「あたしの遺品整理を頼みたいの」

業者M「女みたいな派手な化粧のその男性は、七十二歳。街の外れの雑居ビルでバーを経営しているという」

依頼人「といってもね、お察しの通り。ちょっと普通じゃないバーね」

業者 「普通じゃない、とおっしゃいますと」

依頼人「この通りよ。男か女かわからない私たちみたいのが働くバーに決まってるじゃない」

業者 「はあ」

依頼人「そんな顔しないで。もう、偏見よ。いかがわしいことなんて全然ないの。お店の子とお客さんが、楽しくお酒飲んでカラオケ歌うだけ。まあここは東京なんかとは違うから、ひっそりとしか営業できない
のは確かだけど」

業者 「あの、失礼ですがご家族は…」

依頼人「いるわ。これでもあたし、昔はちゃんと普通に結婚していたの。息子は東京の大学を出て商社マン、娘は医大を卒業して今はアメリカの大学で研究をやってる。立派よねえ。こんな親からどうしてって思
うけど、母親の遺伝子がよっぽど優秀だったのね」

業者 「その奥様は…」

依頼人「もう三十年も前に死んじゃったわ。あのね、家族は誰も知らないのよ。あたしがお店をやっていることも、こういう姿をしていることも、なにひとつ」

業者 「はあ…」

依頼人「あたしね、お店を始めるとき、誰にも迷惑はかけないって決めたの。だから、今でも息子や娘に会う時はお化粧なんか全部落として、普通のしょぼくれた頑固じじいよ。あたしは奥さんに先立たれて一人
寂しく余生を送るただのじじいってことになってるの。ふふ。こういう人生って面白いでしょう。でも
ねぇ、面白くても長生きはできないわ。昨日、病院で精密検査の結果を聞いてきたの。来週から入院し
なくちゃなんだって。もちろん、完璧に男として入院するのよ。きっともうマンションの部屋には帰れ
ないわ。そこであなたにお願いしたいのよ」

業者 「つまり、お部屋から女性用のお洋服などの品物を全部処分しろと…」

依頼人「そっ。物わかりがいいじゃない。でも大丈夫。部屋はいつ誰が来てもいいように、どこからどうみても男やもめの部屋にしてあるから。洋服も靴もお化粧品も、みんな昨日のうちにまとめてお店に運んで
おいたわ。でもね、どうしても、誰にも頼めないものがあったのよ」

業者 「何でしょう」

依頼人「日記よ。お店をはじめたときから毎晩つけていたから、もう二十冊。昨日全部捨ててしまおうと思ったんだけど、できなかった。だって、本当のことしか書いていないんですもの。息子や娘には絶対に読
まれちゃいけないし、店の子にだって見られたくないわ。あたしの気持ち、わかる?」

業者 「はあ…」

依頼人「日記をつけている時間だけがね、あたしの人生で唯一、自分に正直になれる時間だったの。自分で焼いてしまおうかとも思ったんだけど…どうしてもできなかった。最後まで自分で自分を苦しめるみたい
で…つらくって」

業者 「…わかりました」

依頼人「私が死んだら、すぐにあなたの携帯電話が鳴るようにするわ。だからお願いね。それでおいくらになるのかしら? 先払いしちゃうわ」

業者M「そう言って、その依頼人は代金と一緒に、かわいらしいリボンのついた、部屋の鍵を置いていった」

依頼人「お願いよ。男と女の約束なんていっときの気の迷いに違いないけれど、男同士の約束は絶対よ」

業者M「私の携帯電話が鳴ったのは、それからひと月後のことだった」

バーの子「(おかま声)あの、さくらママが危篤で…ここに電話するようにと言われていて…今夜が山だろうって…。そのときがきたら、あの、息子さんがマンションの部屋に行くだろうから、すみませんけど、ど
うしても今夜中に…」

業者M「私は急いで依頼人のマンションの部屋を訪ねた。ドアを開けると、そこは本当に、年老いた男の一人暮らしの部屋にしか見えなかった。日記はベッドサイドの本棚に並んでいた。その一冊一冊が、かわい
らしい花柄のカバーに包まれていた。私はそれらをすべてダンボールに詰めて運び出した。最後に部屋
を出るとき、一瞬、香水のかおりがした気がした。私はあとからやってくる家族に不審に思われないよ
うに、キッチンの小窓を、ほんの少しだけ開けておいた」

製作・著作:BSN新潟放送
制作協力:劇団あんかーわーくす
脚本:藤田 雅史(ふじたまさし)

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