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最後の大勝負 ドラマ02

矢印のボタンを押すとラジオドラマの音声が流れます。夫 「(小声で)なんだよ、こんなときに」妻 「(小声で)ちょっとこれ見てよ。大変なものが見つかっちゃったのよ」夫モノローグ(以下、M)「親父が肝臓のがんで死んだ。検査でがんが見つかってすぐに入院、それからわずか二週間後のことだった。酒も女も博打もやる、身勝手放題に生きた父の、あっけない幕切れだった。父は私たちに何も残していかなかった。そのかわり…」
弁護士(以下、弁護)「確かに、負債が三百万円残っていますね」

夫 「それはやはり、私が支払わないといけないのでしょうか」

弁護「相続放棄をすれば、払う必要はありません。ただ、その場合はご自宅の相続も放棄するということになります」

夫 「借金だけを相続しないというのは…」

弁護「それは今の法律ではできないのですよ」

夫M「私はしがない勤め人だ。しかも、長年勤めた会社から整理解雇で転職したばかり。恥ずかしい話だが、三百万円という額は、私の年収より多い」

妻 「ちょっと、ぼけっとしてないで遺品の整理手伝ってよ」

夫 「ああ、悪い」

妻 「入院中の荷物、そのダンボールに入ってるから」

夫M「どうやって金を作るか。親父は、その借金をどうやって清算する気だったのか。親父はいったい何を考えていたのだろう」

夫M「あっ。もしかして…

妻 「ちょっと、どこ行くのよ」

夫 「今日、日曜だよな? 出かけてくる」

妻 「だから、どこ行くのよもう」

弁護「えーと、そうですね、これで借金は完済ですから、もう心配しなくて大丈夫ですよ。しかし、よく全額を工面されましたね」

夫 「父は、不思議と最後の帳尻だけは合わせる男だったので」

弁護「どういうことです?」

夫 「いえ、実は…」

夫M「父が最後まで読んでいたスポーツ新聞の競馬欄に、真っ赤な赤ペンの印があった。大きな二重丸のそれは、父が大勝負をするときの、いつもの癖だった。私はその日、競馬場に出かけた。そして、父が二重丸をつけた馬の馬券に、父の銀行預金のわずかな残高を全額をつぎこんだ」

夫M「心臓が飛び出るような気持ちで、私は馬券を握りしめていた。その馬は走る気がないのか、他の馬の後ろをちんたらちんたら走っているように見えた。そこに私は、風が吹くままわがままに生きた気分屋の父の姿を重ねた。私が幼い頃、妻に逃げられた父。酒と女が好きで、金はなく、名誉もない。その姿に絶望しながら、そんな父を責めながら、でも私は拳を握って祈った。どうかそれでも、父の人生は幸せだったと思えるように」

夫M「最終コーナーを曲がったとき、まだしんがりにいたその馬は、しかし、最後の直線を、ものすごいスピードでかけて来た。一頭、また一頭とかわし、先頭に迫る。ゴールまではあと少し」

夫 「親父! 頑張れよ!」

夫M「思わず声が出た。病室では、一度もそんな声をかけてやれなかったのに」

弁護「それで、馬券が当たったと」

夫 「ええ、払戻しは、ちょうど三百万」

弁護「…それはまあなんとも、見事ですなあ」

夫 「得意げな親父の顔が目に浮かびますよ。きっと天国で懲りずに酒でも飲んでいるでしょうね」

製作・著作:BSN新潟放送
制作協力:劇団あんかーわーくす
脚本:藤田 雅史(ふじたまさし)

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