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レクイエムを探して ドラマ08

矢印のボタンを押すとラジオドラマの音声が流れます。

ジャズ喫茶の店内。静かなスタンダードナンバーが流れている

青年モノローグ(以下M)「恋人に誘われて、そのジャズ喫茶に通いはじめ、もうすぐ半年が経つ」

恋人「ねえ、あのおじいさん、今夜もいるよ」

青年「本当だ。よほどのマニアなのかな」

恋人「気になるね」

青年M「ライブ演奏が開かれる毎週金曜の夜、カウンターの片隅では、いつも決まってひとりの老人がスコッチを傾けている」

恋人「隣の席に座っちゃおうか」

青年「やめなよ」

恋人「友達になれるかな。話しかけてみる?」

青年M「僕の彼女は、僕と違って、年齢性別関係なく誰とでもすぐ友達になるタイプだ。彼女はいつもの笑顔で、老人の隣に腰かけた」
恋人「こんばんわ」

老人「ああ、どうも

恋人「いつもライブの夜、ここに座ってますよね」

青年M「それから演奏がはじまるまで、老人と彼女の会話を、僕はそばで聞いていた。他愛のない世間話と、店の話をしたあと、いつもおひとりですね、と彼女が訊ねると、老人はこう答えた」

老人「ひとりに見えても、ひとりでいるとは限らんよ」

青年M「その老人は、三年前に奥さんを癌で亡くした。それからの日々は、ただひたすらつらいだけの毎日だった。愛妻家だった彼は、すっかり生きる気力を失くしてしまった。自分も亡くなった奥さんのところに早く行きたい。そんなことを考えはじめていたとき、ふと、彼は自分の葬式を思い浮かべた」

老人「生前予約というのを耳にして、葬儀会社に相談をしたんだ。今はそういうことをする人が多いそうだな。俺の場合は、子どもたちに迷惑をかけるのもいやだから、みんな決めておこうと思ってな。そしたら、話をしているうちに、葬式で流す音楽はどうしたいかと聞かれた。いや、そんなのどうでもいいと答えたんだが…」

青年M「せっかくなら、若い頃、奥さんと一緒に買い集めたレコードから、思い出の曲を流したいと思い直した。そう言って、彼はグラスを傾け、はじめて笑顔を見せた」

老人「でもなぁ、これがたくさんあって迷うんだ。あれもこれも、昔好きだったレコードを引っ張りだしてな。ナット・キング・コール、コルトレーン…よく二人で聴いた。あいつはピアノが好きだった。ビル・エバンスからビリー・ジョエルまでな。日本の歌謡曲も、グループサウンズも好きだった」

恋人「私も昔の歌謡曲とか大好きです」

老人「ほう、そうか(嬉しい)」

青年M「懐かしい曲や好きな曲を探しているうちに、レコードショップに出掛けたり、インターネットをおぼえて検索したり、ダウンロードをしたり」

老人「たくさんありすぎて、葬式で流す曲が全然決まらん(笑)。決まるまでは、…死ねないな」

恋人「(やさしい笑い)」

青年M「僕らは、その夜のライブを老人の隣の席で聴いた。曲が終わるごとに、老人は力強い拍手をした。それはきっと、そばで一緒に聴いている奥さんとふたりぶんの拍手なのだ」

老人「天国には、音楽ってあるのかなぁ。死んだらもう聞けないなんて寂しいよな。あるといいなぁ」

製作・著作:BSN新潟放送
制作協力:劇団あんかーわーくす
脚本:藤田 雅史(ふじたまさし)

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